祖母が亡くなった話。

先日、母方の祖母が91歳で亡くなりました。

うちのおばあちゃんはエジプトのパシャ一族の娘で、(パシャとは首相や大臣、州知事、将官クラスの高級軍人として用いられた称号です)。そして外交官だった祖父と結婚して4人の子供は全部違う国で生まれたというツワモノ。1952年にエジプト革命が起こりその時に祖父が失職。そのあとはエジプト航空につとめたのをきっかけにロンドンに引っ越しかれこれ65年になりました。

まだパレスチナだった頃にハイファで長女を出産。

うちの母はイタリアで生まれ

叔父はドイツ

末っ子の叔母はエジプト。

そのほかにも、パリ、アムステルダム、レバノンにも住み、どこかに引っ越すだびに祖父に運転免許を再更新させられていたのでイギリスでは「女性で初めて運転免許の一発合格」をしたと国から祝いの手紙をもらったそうです。

私と兄が生まれた時には日本に来てまだ標識が日本語だけなのに運転してたらしいです。

ここ3−4年は寝たきり?までとはいかなくても外出せず、トイレに行くくらいしかベットから出なくなったし、みんな少なからずもソロソロかね・・なんて思ってたところもあったんですが。いろんな人が愛したうちのおばあちゃん。小さなことに対してもありがとう、とか苦労かけるね、感謝の言葉を忘れないし、誰に対してもウェルカムに迎え入れてくれた優しさ。すごく素敵な女性でした。

病院に運ばれてから数週間、ものすごく色々なことを学んだきがするのでここに書き留めておこうと思います。

 

 

1)イギリスの病院事情。

うちのおばあちゃんはかれこれ65年前にロンドンに引っ越してからずっとイギリスに住んでいます。40代で心筋梗塞で一命をとりとめてからそれはそれは数々の手術、リハビリ、看護師さんの訪問等、全部国負担で自己負担がゼロです。国立(NHS)の病院にかかればただ。そのため海外から来て悪用する人もいるんだとか。タダなそのぶん随分待たされます。GPというかかりつけの主治医に登録した後、耳鼻科にかかりたい、という時にはGPから紹介状を出してもらって、向こうから何月何日の何時に来てください、という手紙がくるまで待ちますのでだいたい1−2ヶ月は当たり前のようです。

2)イスラム教のお葬式。

日本では火葬が主流ですが海外では埋葬が主流。イスラム教もその一つでしかも「埋葬が早ければ早いほど吉」というほど、亡くなったその日に埋葬できるのが一番良いそうです。なのでお葬式自体は埋葬が終わってから、モスクに人が集まり故人へのお祈りをするそうです。

うちのおばあちゃんはエジブト人なのでお爺ちゃんのお墓のあるカイロの郊外で埋葬されたい、と生前に言っていたので、まずは病院から死亡届を発行。

それを市役所に持って行くと「病院から持ち出し許可」(日本でいう火葬・埋葬許可証)をもらいますが海外に持ち出す場合はそれに加えて遺体が感染症などの病気がないです、という検査結果の提出をするため木曜日に亡くなったのですが休日を挟んで月曜日に全ての書類が届き、月曜の夜の便で出発、火曜に埋葬、水曜にお葬式、となったわけです。

ちなみに亡くなった日がEidと呼ばれるイスラム教の祭りの前日。イスラム教では大きなお祭りが2つあるんですが(断食を1ヶ月した後のお祭りと、こちらの巡礼後の祭り。このお祭りの方がより聖なる意味が高い)Hijahというメッカの巡礼が10日続き、巡礼の最終日ということでお祈りが年で一番強い日に亡くなったので極楽浄土まで超特急で行ったんじゃないかしら、と言ってました。

3)ヨーロッパの家族関係に対する休みの寛大さ。

おばあちゃんが病院に運ばれたのが日曜日、水曜の夜にはいとこからメールがきて、「もう長くないかもしれないから」と言われたので次の日の新幹線でロンドンに向かうことに。

朝一で一緒に会社をやっている子に連絡すると

「大変だね。好きなだけ休みとって良いからね。」と。

本当は翌週にお客さんとも5件くらいミーティングがあったのですがそれも全部カバー。お客さん側もなんでいないんだ!という態度もなく。確かに上の空で仕事をするよりはすっぱり休んでもらった方が会社にも良いのかも。

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人は生まれた時に見えないインクでひたいに賞味期限が書かれている、とうちのおばあちゃんはよく言ってました。死ぬときは決まっているからコントロールできないんだよ、っていうことでしょうか。病室のお医者さんも「患者さんってね、自分がどういうシチュエーションでこの世を去りたいか分かってるのよ。家族に囲まれている時にふっと息を引取る人もいるし、一人で去りたいと思う人もいるのよ。」

信仰心の高かったうちのおばあちゃんはまさに宗教の中でも一番良い日に亡くなったのはこの時に世を去りたいと思っていたのかな。不思議なことになぜかみんなその日は病院にいない方が良い、と感じていたらしく。朝まで付き添っていた叔母も帰って来て、おばあちゃんはそっと天国へ登っていたんだ。

 

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